中の大佛の方が立派に見えた。電車といふものに初めて乘せられて、淺草は人の塵溜、玉乘に汗を握り、水族館の地下室では、源助の話を思出して帶の間の財布を上から抑へた。人の數が掏摸に見える。凌雲閣には餘り高いのに怖氣《おぢけ》立つて、到頭上らず。吾妻橋に出ては、東京では川まで大きいと思つた。兩國の川開きの話をお吉に聞かされたが、甚※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《どんな》事《こと》をするものやら遂に解らず了《じま》ひ。上潮に末廣の長い尾を曳く川蒸汽は、仲々異《い》なものであつた。銀座の通り、新橋のステイション、勸工場にも幾度か入つた。二重橋は天子樣の御門と聞いて叩頭《おじぎ》をした。日比谷の公園では、立派な若い男と女が手をとり合つて歩いてるのに驚いた。
須田町の乘換に方角を忘れて、今來た方へ引返すのだと許り思つてゐるうちに、本郷三丁目に來て降りるのだといふ。お定はもう日が暮れかかつてるのに、まだ引張り※[#「えんにょう+囘」、第4水準2−12−11]されるのかと氣が氣でなくなつたが、一町と歩かずに本郷館の横へ曲つた時には、東京の道路は訝《をか》しいもの
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