る。稚《ちひさ》い時から極く穩しい性質で、人に抗《さから》ふといふ事が一度もなく、口惜しい時には物蔭に隱れて泣くぐらゐなもの、年頃になつてからは、村で一番老人達の氣に入つてるのが此お定で、「お定ツ子は穩《おとな》しくて可《え》え喃《なう》。」と言はれる度、今も昔も顏を染めては、「俺《おら》知らねえす。」と人の後に隱れる。
小學校での成績は、同じ級のお八重よりは遙《ずつ》と劣つてゐたさうだが、唯一つ得意なのは唱歌で、其爲に女教員からは一番可愛がられた。お八重は此反對に、今は他に縁づいた異腹《はらちがひ》の姉と一緒に育《そだ》つた所爲《せゐ》か、負嫌ひの、我の強い兒で、娘盛りになつてからは、手もつけられぬ阿婆摺《あばづ》れになつた。顏も亦評判娘のお澄といふのが一昨年赤痢で亡くなつてから、村で右に出る者がないので、目尻に少し險しい皺があるけれど、面長のキリヽとした輪廓が田舍に惜しい。此反對な二人の莫迦に親密《なかよし》なのは、他の娘共から常に怪まれてゐた位で、また半分は嫉妬氣味から、「那※[#「麻かんむり/「公」の「八」の右を取る」、第4水準2−94−57]《あんな》阿婆摺《あばづれ》と一
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