其不用意の間から子が出来る。人は偶然に生れるのだと思ふと、人程痛ましいものはなく、人程悲しいものはない。其偶然が、或る永劫に亘る必然の一連鎖だと考へれば、猶痛ましく、猶悲しい。生れなければならぬものなら、生れても仕方がない。一番早く死ぬ人が、一番幸福な人ではなからうか!
去年の夏、久し振りで故郷を省した時、栗の古樹の下の父が墓は、幾年の落葉に埋れてゐた。清光童女と記した藤野さんの小さい墓碑は、字が見えぬ程雨風に侵蝕されて、萱草の中に隠れてゐた。
立派な新築の小学校が、昔草原であつた、村の背後の野川の岸に立つてゐた。
変らぬものは水車の杵の数許り。
十七の歳、お蒼前様の祭礼に馬から落ちて、右の脚を折り左の眼を潰した豊吉は、村役場の小使になつてゐて、私が訪ねて行つた時は、第一期地租附加税の未納督促状を、額の汗を拭き/\謄写版で刷つてゐた。
[#地から1字上げ]〔生前未発表・明治四十一年六月稿〕
底本:「石川啄木全集 第三巻 小説」筑摩書房
1978(昭和53)年10月25日初版第1刷発行
1993(平成5年)年5月20日初版第7刷発行
底本の親本:「啄木全集 第一巻 小説」新潮社
1919(大正8)年4月21日発行
初出:「啄木全集 第一巻 小説」新潮社
1919(大正8)年4月21日発行
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:Nana ohbe
校正:川山隆
2008年6月7日作成
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