。
『屹度酔つてらつしやるのでせうね?』
『ええ、さうでせう。真個《ほんと》に為様《しやう》がない。』
と言つて、多吉は巻煙草に火を点けた。
然し二人は、日の暮れかかる事に少しも心を急がせられなかつた。待つても待つても来ない老人《としより》達を何時までも待つてゐたいやうな心持であつた。
稍あつて多吉は、
『僕も年老《としよ》つて飲酒家《さけのみ》になつたら、ああでせうか? 実に意地が汚ない。目賀田さんなんか盃より先に口の方を持つて行きますよ。』
『ええ。そんなに美味《おいし》いものでせうか?』
『さあ。………僕も一度うんと飲んだ事がありますがね。何だか変な味がするもんですよ。』
『何時《いつ》お上りになつたんです?』
『兄貴の婚礼の時。皆が飲めつて言ふから、何糞と思つてがぶがぶやつたんですよ。さうすると体が段々重くなつて来ましてねえ。莫迦に動悸が高くなるんです。これあ変だと思つて横になつてると、目の前で話してる人の言葉がずつと遠方からのやうに聞えましたよ。………それから終《しまひ》に、綺麗な衣服《きもの》を着た兄貴のお嫁さんが、何だか僕のお嫁さんのやうに思はれて来ましてねえ。僕は
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