雑木山芝山が、逶《うね》り※[#「二点しんにょう+施のつくり」、第3水準1−92−52]《くね》つた路に縫はれてゐた。然し松子の足を困らせる程には峻しくもなかつた。足音に驚いて、幾羽の雉子が時々藪蔭から飛び立つた。けたたましい羽音は其の度何の反響もなく頭の上に消えた。
 雑木の葉は皆|触《さは》れば折れさうに剛《こはば》つて、濃く淡く色づいてゐた。風の無い日であつた。
 芝地の草の色ももう黄であつた。処々に脊を出してゐる黒い岩の辺《ほとり》などには、誰も名を知らぬ白い小い花が草の中に見え隠れしてゐた。霜に襲はれた山の気がほかほかする日光の底に冷たく感じられた。校長は、何と思つたか、態々《わざわざ》それ等の花を摘み取つて、帽子の縁に※[#「插」でつくりの縦棒が下に突き抜けている、第4水準2−13−28]して歩いた。
 目賀田は色の褪せた繻子《しゆす》の蝙蝠傘を杖にして、始終皆の先に立つた。物言へば疲れるとでも思つてゐるやうに言葉は少かつた。校長と雀部が前になり後になりして其の背後《うしろ》に跟《つ》いた。二人の話題は、何日《いつ》も授業批評会の時に最も多く口を利く××といふ教師の噂であつた。雀部は其の教師を常から名を言はずに「あの眇目《かため》さん」と呼んでゐた。意地悪な眇目《かため》の教師と飲酒家《さけのみ》の雀部とは、少《ちひさ》い時からの競争者で、今でも仲が好くなかつた。
 多吉と松子は殿《しんがり》になつた。
 とある芝山の頂に来た時、多吉は路傍《みちばた》に立留つた。そして、
『少し先に歩いて下さい。』と言つた。
『何故です?』
『何故でも。』
 其の意味を解しかねたやうに、松子はそれでも歩かなかつた。
 すると多吉は突然《いきなり》今来た方へ四五間下つて行つた。そして横に逸《そ》れて大きい岩の蔭に体を隠した。岩の上から帽子だけ見えた。松子は初めて気が付いて、一人で可笑《をかし》くなつた。
 間もなく多吉は其処から引き返して来て、松子の立つてゐるのを見ると、笑ひながら近づいた。
『何うも済みません。』
『私はまた、何うなすつたのかと思つて。』
 二人は笑ひながら歩き出した。と、多吉は後を向いて、
『斯《か》うして二人歩いてる方が可《い》いぢやありませんか?』
 そして返事も待たずに、
『少し遅く歩かうぢやありませんか。………何《ど》うです、あの格好は?』
 
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