と、軽《かろ》く智恵子の肩を叩いた者があつた。静子清子が少し離れて誰やら年増の女と挨拶してる時。
(十一)の四
振向くと、何時《いつ》医院から出て来たか吉野が立つてゐる。
『アラ!』
智恵子は恁う小声に言つて、若い血が顔に上つた。何がなしに体の加減が良くないので、立つてゐても力が無い。幾挺の太鼓の強い響きが、腹の底までも響く。――今しもその太鼓打が目の前を過ぎる。
吉野は無邪気に笑つた。
二人は並んで立つた、立並ぶ見物の後《うしろ》だから人の目も引かぬ。
(私──と──)
と、好い声で一人の女が音頭をとる。それに続いた十人許りの娘共は、直ぐ声を合せて歌ひ次いだ。
(――お前―は―ア御門《ごもん》―の―とび―ら―ア、朝―に―イわか―れ―てエ、晩に逢ふ――)
同じ様な花笠に新しい浴衣、淡紅色《ときいろ》メリンスの襷《たすき》を端長く背に結んだ其娘共の中《うち》に、一人、背の低い太つたのがあつて、高音《ソプラノ》中音《アルト》の冴えた唄に際立つ次中音《テノル》の調子を交へた、それが態《わざ》と道化た手振をして踊る。見物は皆笑ふ。
ドヾドンと、先頭の太鼓が合《あひ》を入れた。続いた太鼓が皆それを遣る。調子を代へる合図だ。踊の輪は淀んで唄が止む、下駄の音がゾロ/\と縺《もつ》れる。
(ドヾドコドン、ドコドン――)
と新しく太鼓が鳴り出す。――ヨサレ節といふのがこれで。――淀んだ輪がまたそれに合せて踊り始める。何処やらで調子はづれた高い男の声が、最先に唄つた――
(ヨサレ―茶屋のか―アかア、花染―の―たす―き―イ――)
『面白いですねえ。』と、吉野は智恵子を振返つた。『宛然《まるで》古代《むかし》に帰つた様な気持ぢやありませんか!』
『えゝ。』
智恵子は踊にも唄にも心を留めなかつた様に、何か深い考へに落ちた態《さま》で、悩まし気に立つてゐた。
と見た吉野は、
『貴女何処かまだ悪いんぢやないんですか! お体の加減が。』
『否《いいえ》、たゞ少許《すこし》……』
俄かに見物が笑ひどよめく。今しも破蚊帳《やぶれがや》を法衣《ころも》の様に纏《まと》つて、顔を真黒に染めた一人の背の高い男が、経文《おきやう》の真似をしながら巫山戯《ふざけ》て踊り過ぎるところで。
『吉野|様《さん》!』
智恵子は思切つた様に恁う囁いた。
『何です?』
『アノ……』と、眤
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