吉野に対《むか》つて頻《しき》りに水泳に行く事を慫慂《すす》めた。昌作の吉野に対する尊敬が此時からまた加つた。
 其翌日か翌々日、叔母と其子等は盛岡に帰つて行つた。この叔母は、数ある小川家の親籍の中でも、殊更お柳と気心が合つてゐた。といふよりは、夫が非職の郡長上りか何かで、家が余り裕《ゆた》かで無いところから、お柳の気褄《きづま》を取つては時々|恁《か》うして遣つて来て、その都度|家計向《うちむき》の補助《たすけ》を得てゆくので。お柳は、松原からの縁談がモウ一月の余《よ》もバタリと音沙汰がないのを内々心配してゐたので、密かにこの叔母に相談した。女二人の間には人知れず何事かの手筈が決められた。叔母は素知らぬ顔をして帰つて了つた。
 叔母を送つて好摩の停車場《ステイシヨン》に行つた下男と下女は、新しい一人の人物《ひと》を小川家に導いて帰つた。それは外ではない、信之の次男、静子とは一歳劣《ひとつおと》りの弟の、志郎といふ士官候補生だ。
 志郎は兄弟中での腕白者、お柳の気には余り入らぬが、父の信之からは此上なく愛されてゐる。静子と縁談の持上つてゐる松原家の三男の狷介《けんすけ》とは小い時からの親友《なかよし》で、相共に陸軍に志し試験も幸ひと同時に及第して士官学校に入つた。一日《ついたち》から二十日間の休暇を一週間許り仙台に遊んで、確《しか》とした前知らせもなく帰つて来たのだ。
 或日、母のお柳は志郎を呼んで、それとなく松原中尉の噂を聞いてみた。その返事は少からずお柳を驚かせた。
『松原の政治か! 彼奴《あいつ》ア駄目だよ、阿母様《おつかさん》、狷介なんかも兄貴に絶交して遣らうなんて言つてゐた。』
『奈何《どう》してだい、それはまた?』
『奈何してツて、那※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]《あんな》馬鹿はない。それや評判が悪いよ、此年《ことし》の春だつけかナア、下宿してゐた素人屋の娘を孕ませて大騒ぎを行《や》つたんだよ、友人なんか仲に入つて百五十円とか手切金を遣つたさうだ。那※[#「麾」の「毛」にかえて「公」の右上の欠けたもの、第4水準2−94−57]奴ア吾々軍人の顔汚《つらよご》しだ。』
 お柳は猶その話を詳しく訊いた上で、その事は当分静子にも誰にも言ふなと口留した。
 志郎は淡白《きさく》な軍人|気質《かたぎ》、信吾を除いては誰
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