出しになつたのですから、お厭でせうし、それでは安藤先生もお困りでせうし、役場には又、御事情がお有りなのですから……』
 と、心持息を逸《はず》ませて、呆氣にとられてゐる四人の顏を急しく見廻した。そして膨《むつち》りと肥つた手で靜かにその解職願を校長の卓から取り上げた。
『お預りしても宜しうございませうか? 出過ぎた樣でございますけれど。』
『は? は。それア何でごあんす……』と言つて、安藤は密《そつ》と秋野の顏色を覗つた。秋野は默つて煙管を咬へてゐる。
 月給から言へば、秋野は孝子の上である。然し資格から言へば、同じ正教員でも一人は檢定試驗上りで、一人は女ながらも師範出だから、孝子は校長の次席なのだ。
 秋野が預るとすると、男だから、且つは土地者《ところもの》だけに種々な關係があつて、屹度何かの反響が起る。孝子はそれも考へたのだ。そして、
『私の樣な無能者《やくにたゝず》がお預りしてゐると、一番安全でございます。ホホヽヽ。』と、取つてつけた樣に笑ひながら、校長の返事も待たず、その八つ折りの紙を袴の間に挾んで、自分の席に復した。その顏はぽうツと赧らんでゐた。
 常にない其|行動《しうち》
前へ 次へ
全40ページ中33ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング