だつた。私は何故か高橋が好きだつた。
 親しくなるにつれて、高橋の色々の性癖が我々の目に附いた。それは大體に於いて、今までに我々の見、若くは想像してゐたところと違はなかつた。彼は孤獨を愛する男だつた。長い間不遇の境地に鬪つて來た人といふ趣きが何處かにあつた。彼は路を歩くにも一人の方を好んだ。そして、無論餘り人を訪問する方ではなかつた。
 が、時とすると、二晩も、三晩も續けて訪ねて來ることもあつた。さういふ時彼は何か知ら求めてゐた。たゞ其の何であるかゞ我々に解らぬ場合が多かつた。それから彼は、平生の口の寡いに似合はず、よく調子よく喋り出すことがあつた。そしてそれには隨分變つた特徴があつた。
 例へば我々が、我々の從事してゐる新聞の紙面を如何に改良すべきか、又は社會部の組織を如何に改造すべきかに就て、各自《めい/\》意見を言ひ合ふとする。高橋も初めはちよくちよく口を利いてゐるが、何時とはなしに口を噤んで了つて、煙草をぷかぷか吹かしながら、話す者の顏を交る交る無遠慮に眺めてゐるか、さもなければ、ごろりと仰向けに臥て了ふ。この仰向けに臥て、聞くでもなく、聞かぬでもなく人の話を聞いて居るのが彼の
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