雨さらさら落ちて
前栽《せんざい》の
萩《はぎ》のすこしく乱《みだ》れたるかな
秋の空|廓寥《くわくれう》として影もなし
あまりにさびし
烏《からす》など飛べ
雨後《うご》の月
ほどよく濡《ぬ》れし屋根瓦《やねがはら》の
そのところどころ光るかなしさ
われ饑《う》ゑてある日に
細き尾を掉《ふ》りて
饑ゑて我を見る犬の面《つら》よし
いつしかに
泣くといふこと忘れたる
我泣かしむる人のあらじか
汪然《わうぜん》として
ああ酒のかなしみぞ我に来《きた》れる
立ちて舞《ま》ひなむ
※[#「蚊」の「文」に代えて「車」、第3水準1−91−55]《いとど》鳴《な》く
そのかたはらの石に踞《きよ》し
泣き笑ひしてひとり物言ふ
力なく病《や》みし頃《ころ》より
口すこし開《あ》きて眠《ねむ》るが
癖《くせ》となりにき
人ひとり得《う》るに過ぎざる事をもて
大願《たいぐわん》とせし
若きあやまち
物|怨《ゑ》ずる
そのやはらかき上目《うはめ》をば
愛《め》づとことさらつれなくせむや
かくばかり熱《あつ》き涙は
初恋の日にもありきと
泣く日またなし
長く長く忘れし友に
会ふごとき
よろこびをもて水の音|聴《き》く
秋の夜の
鋼鉄《はがね》の色の大空に
火を噴《は》く山もあれなど思ふ
岩手山《いはてやま》
秋はふもとの三方《さんぱう》の
野に満つる虫を何《なに》と聴くらむ
父のごと秋はいかめし
母のごと秋はなつかし
家《いへ》持たぬ児《こ》に
秋|来《く》れば
恋《こ》ふる心のいとまなさよ
夜《よ》もい寝《ね》がてに雁《かり》多く聴く
長月《ながつき》も半《なか》ばになりぬ
いつまでか
かくも幼く打出《うちい》でずあらむ
思ふてふこと言はぬ人の
おくり来《き》し
忘れな草《ぐさ》もいちじろかりし
秋の雨に逆反《さかぞ》りやすき弓《ゆみ》のごと
このごろ
君のしたしまぬかな
松の風|夜昼《よひる》ひびきぬ
人|訪《と》はぬ山の祠《ほこら》の
石馬《いしうま》の耳に
ほのかなる朽木《くちき》の香《かを》り
そがなかの蕈《たけ》の香りに
秋やや深し
時雨《しぐれ》降るごとき音して
木伝《こづた》ひぬ
人によく似し森の猿《さる》ども
森の奥
遠きひびきす
木《き》のうろに臼《うす》ひく侏儒《しゆじゆ》の国にかも来《き》し
世のはじめ
まづ森ありて
半神《はんしん》の人そが中に火や守りけむ
はてもなく砂うちつづく
戈壁《ゴビ》の野に住みたまふ神は
秋の神かも
あめつちに
わが悲しみと月光《げつくわう》と
あまねき秋の夜《よ》となれりけり
うらがなしき
夜《よる》の物の音《ね》洩《も》れ来《く》るを
拾《ひろ》ふがごとくさまよひ行《ゆ》きぬ
旅の子の
ふるさとに来《き》て眠るがに
げに静かにも冬の来《き》しかな
忘れがたき人人
一
潮《しほ》かをる北の浜辺《はまべ》の
砂山のかの浜薔薇《はまなす》よ
今年も咲けるや
たのみつる年の若さを数《かぞ》へみて
指を見つめて
旅がいやになりき
三度《みたび》ほど
汽車の窓よりながめたる町の名なども
したしかりけり
函館《はこだて》の床屋《とこや》の弟子《でし》を
おもひ出《い》でぬ
耳|剃《そ》らせるがこころよかりし
わがあとを追ひ来《き》て
知れる人もなき
辺土《へんど》に住みし母と妻かな
船に酔《ゑ》ひてやさしくなれる
いもうとの眼《め》見ゆ
津軽《つがる》の海を思へば
目を閉《と》ぢて
傷心《しやうしん》の句を誦《ず》してゐし
友の手紙のおどけ悲しも
をさなき時
橋の欄干《らんかん》に糞《くそ》塗《ぬ》りし
話も友はかなしみてしき
おそらくは生涯《しやうがい》妻をむかへじと
わらひし友よ
今もめとらず
あはれかの
眼鏡《めがね》の縁《ふち》をさびしげに光らせてゐし
女教師よ
友われに飯《めし》を与へき
その友に背《そむ》きし我の
性《さが》のかなしさ
函館《はこだて》の青柳町《あをやなぎちやう》こそかなしけれ
友の恋歌《こひうた》
矢ぐるまの花
ふるさとの
麦のかをりを懐《なつ》かしむ
女の眉《まゆ》にこころひかれき
あたらしき洋書の紙の
香《か》をかぎて
一途《いちづ》に金《かね》を欲《ほ》しと思ひしが
しらなみの寄せて騒《さわ》げる
函館の大森浜《おほもりはま》に
思ひしことども
朝な朝な
支那《しな》の俗歌《ぞくか》をうたひ出《い》づる
まくら時計を愛《め》でしかなしみ
漂泊《へうはく》の愁《うれ》ひを叙《じよ》して成《な》らざりし
草稿《さうかう》の字の
読みがたさかな
いくたびか死なむとしては
死なざりし
わが来《こ》しかたのをかしく悲し
函館の臥牛《ぐわぎう》の山《やま》の半腹《はんぷく》の
碑《ひ
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