ひし町の女の
どれもどれも
恋にやぶれて帰るごとき日
汽車の旅
とある野中《のなか》の停車場の
夏草の香《か》のなつかしかりき
朝まだき
やっと間《ま》に合《あ》ひし初秋《はつあき》の旅出《たびで》の汽車の
堅《かた》き麺麭《ぱん》かな
かの旅の夜汽車の窓に
おもひたる
我がゆくすゑのかなしかりしかな
ふと見れば
とある林の停車場の時計とまれり
雨の夜《よ》の汽車
わかれ来《き》て
燈火《あかり》小暗《をぐら》き夜の汽車の窓に弄《もてあそ》ぶ
青き林檎《りんご》よ
いつも来《く》る
この酒肆《さかみせ》のかなしさよ
ゆふ日|赤赤《あかあか》と酒に射《さ》し入《い》る
白き蓮沼《はすぬま》に咲くごとく
かなしみが
酔《ゑ》ひのあひだにはっきりと浮く
壁《かべ》ごしに
若き女の泣くをきく
旅の宿屋の秋の蚊帳《かや》かな
取りいでし去年《こぞ》の袷《あはせ》の
なつかしきにほひ身に沁《し》む
初秋《はつあき》の朝
気にしたる左の膝《ひざ》の痛みなど
いつか癒《なほ》りて
秋の風吹く
売り売りて
手垢《てあか》きたなきドイツ語の辞書のみ残る
夏の末かな
ゆゑもなく憎《にく》みし友と
いつしかに親しくなりて
秋の暮れゆく
赤紙《あかがみ》の表紙|手擦《てず》れし
国禁《こくきん》の
書《ふみ》を行李《かうり》の底にさがす日
売ることを差し止《と》められし
本の著者に
路《みち》にて会へる秋の朝かな
今日よりは
我も酒など呷《あふ》らむと思へる日より
秋の風吹く
大海《だいかい》の
その片隅《かたすみ》につらなれる島島《しまじま》の上に
秋の風吹く
うるみたる目と
目の下の黒子《ほくろ》のみ
いつも目につく友の妻かな
いつ見ても
毛糸の玉をころがして
韈《くつした》を編《あ》む女なりしが
葡萄色《えびいろ》の
長椅子《ながいす》の上に眠りたる猫ほの白《じろ》き
秋のゆふぐれ
ほそぼそと
其処《そこ》ら此処《ここ》らに虫の鳴く
昼の野に来て読む手紙かな
夜《よる》おそく戸を繰《く》りをれば
白きもの庭を走れり
犬にやあらむ
夜の二時の窓の硝子《ガラス》を
うす紅《あか》く
染めて音なき火事の色かな
あはれなる恋かなと
ひとり呟《つぶや》きて
夜半《よは》の火桶《ひをけ》に炭《すみ》添《そ》へにけり
真白《ましろ》なるラムプの笠《かさ
前へ
次へ
全24ページ中22ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
石川 啄木 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング