原っぱのような前栽のなかに立っている一軒家に通された。日あたりのいい縁側に座蒲団を持ち出してそれに座ると、K氏はにやにや笑い出した。
「さっき井戸端を通るとき、私が何か言ったでしょう。あれはね、以前私がこちらにお伺いしたとき、先生が、自分の代りに風呂の水を汲んでくれるなら、面会してもいいとおっしゃるので、仕方がなく汲みにかかりました。こちらの井戸は湯殿とは大分遠いところにあるので、なかなか容易な仕事じゃありません。やっと汲み終えて、客間へ通ると、先生が汗みずくになった私の顔を見られて、
「Kさん。労働は神聖ですな。」
と言って笑われましたっけ。今あすこを通りかかって、それを思い出したものですから……。」
「いつぞやの「神を信ぜよ。」と同じ筆法だ。徳富君一流の教訓だよ。」
 私がそういって笑っているところへ、主人がのっそりと入って来た。そしてそこらを眺め廻しながら、
「この家いいでしょう。土地の賭博打がもてあましていたのを、七十円で買い取ったのです。時々勝負のことから、子分のものの喧嘩が初まるので、そんなときの用意に、戸棚なぞあんなに頑丈に作ってありますよ。」
といって、家の説明などした
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