たよ。荒岩の一生にあのくらい手綺麗に投げられたことは、二度とないかも知れません。ことによると、常陸山なぞもやられないにも限らない……。」
「若島はいい力士ですが、常陸山に勝とうなどとは思われない。」
私は客の言葉に承引が出来なかった。
「いや、勝つかも知れない。」
「分でゆくと、まず七三かな。」
「いや、そんなことはない。五分五分だ。」
「まさか……。」
二人は暫くそんなことをいい争っていたが、ちょうどそこへ外の来客があったので、話はそれなりになってしまった。
その場所での両力士は預りで、誰が見ても八百長の臭みが高かったということだった。
すると、その翌月だったか、合併相撲の顔触をそのまま京都へ持ち込んで、花見小路で興行したことがあった。その楽《らく》の日に若島は常陸山につり出されて負けたが、若島としてはなかなか分のいい相撲をとったので、ひいき客のある人が祇園下の料理屋へこの力士を招いて、言葉を極めてその日の相撲ぶりを賞めたてたものだ。若島は気恥かしそうに頭へ手をやった。
「いや。そうお賞め下さるがものはありません。今度こそ初めて常陸関のずばぬけて強いのに驚きました。実は私五日
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