ゆくのがあった。
家には、縁端に大きな水盤がおいてあった。なかを覗いてみると、なみなみと盛られた水の底に、青い藻草が漂っていて、そのなかを数知れぬ川海老が、楽しそうに泳ぎまわっていた。
驚いたことには、海老はいずれも金の兜と金の鎧とを身につけて、きらきらと光っていた。
皆は呆気にとられて、こんな綺麗な海老をどこで捕って来たかを善吉に聞いた。
善吉は笑ってばかりいて、それには答えなかった。
黄金の海老は、善吉が商売道具の絵具をもって、こまめに金蒔絵したものであった。
善吉の妻は、海老のために、毎日餌をやることと、水盤の水を取りかえることとを夫にいいつかっていたが、内職仕事の織物の方にかまけていて、どうかするとそれを忘れがちだった。
そんな折には、夫の機嫌はとりわけよくなかった。一度などそれが原因で、夫婦のなかに大喧嘩が持ち上ったこともあった。
その翌日だったか、妻は夫の留守を見計らって、水盤の海老を家の前を流れる小川のなかにすっかりぶちまけてしまった。
外から帰って来た善吉は、水盤が空になっているのを見て、留守中の出来事を察したらしかった。
見ると、薄暗い土間に、半ば
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