れをつまんで、鼠のように歯音をたててかじっていた。
「誰かね、あの老人は。」
「あれが田中正造だよ。鉱毒事件で名高い……」
 私はそれを聞いた瞬間、あの爺さんのはげしい癇癪を、唐辛のせいのようにも思ったことがあった。
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   かまきり

 秋草のなかにどかりと腰をおろして、両足を前へ投げ出したまま日向ぼっこをしていると、かさこそと草の葉を伝って、私の膝の上に這いのぼって来るものがある。見るとかまきりだ。かまきりはたった今生捕ったばかしの小さな赤とんぼを、大事そうに両手でもって胸へ抱え込んでいる。
 哀れな犠牲だ。私はかろく指さきでその赤とんぼの羽に触ってみた。あわよくば助けてやりたかったのだ。かまきりは立ちとまった。要らぬおせっかいを癪にさえたらしく、胸をそらして身構えた。私はまたとんぼの尻尾に触ろうとした。それを見たかまきりは、一足しさって高く右手の鎌をふりあげた。私はまたとんぼの頭を小突いた。その一刹那かまきりは赤とんぼをふり捨てて、両手の鎌をふりかざして手向って来た。私は指さきでその草色の背を押えた。処女《きむすめ》が他人に肌を弄られたような無気味さと恥辱とに身を
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