。どうだい、いっそここに落ちついて、わしと一緒に棲んじゃ。お前にしても、もう一生のつづまりをつけてもいい歳だよ。驢馬の始末なら、明日にでも通りがかりの旅商人《たびあきんど》に売り払ったらいいじゃないか。」
白い石が無遠慮にこう言うと、驢馬は長い耳でそれを立聞きして、癪にさえたらしく、いきなり後脚《あとあし》を上げて、そこらを蹴飛ばしました。
「いや。わしにはそこまでの思いきりがない。人間というものは、みんなこれまで自分のして来た仕事に、引きずられて往くものなのだ。――ああ、お前につかまって、つい長話《ながばなし》をしすぎた。わしはもう出かけなければならない……」
張果老は哀しそうに言って、自分の膝の上に落ちた砂埃を払いながら立ち上りました。石は見えぬ眼でそれを感づいたらしく、
「やっぱり幸福を求めて……」
「そうだ。幸福を求めて。……こんなにして方々駆けずり廻って、やがて死ぬのが、わしの一生かも知れない。でも、わしは出かけなければならない。」
仙人は静かな足どりで、驢馬のいる方へ歩み寄りました。馬はそれと気づいて、元気そうに高くいななきました。
「そんならもうお別れだ。」
張果
前へ
次へ
全242ページ中43ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
薄田 泣菫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング