士はこの獣について事細かに述べ立てようとした。
「わかっとる。わかっとる。麒麟は生草を踏まず、生物を食わずといって、世にも有難い獣じゃ。」
館長は麒麟をアフリカ産のジラフだと知ろうはずがなく、名前を訊いただけで、すぐに支那人の想像から生れた霊獣を思い出しているらしかった。
「そんな霊獣でいて、おまけに背が高いんですから……」
「まあ、待ちなさい。君にいいことを教える。檻はこの設計書の半分の高さにこしらえなさい。」館長は大切な内証事を話すので、出し惜みをするらしく、一語一語金貨を数えるように、ゆっくりした調子でいった。「そして麒麟の頭が天井につかえるなら、床の地べたを幾らでも掘下げるんだ。いいかえ、天井を低くこしらえる代りに、地べたを深く掘下げるんだよ。」
博士はそれを聞いて苦笑するより外に仕方がなかった。
[#改ページ]
茶の花
1
茶の花が白く咲いた。
茶は華美《はで》好きの多い草木のなかにあって、ひとり隠遁の志の深い出世間者である。裏庭の塀際か、垣根つづきに植えられて、自分の天地といっては、僅に方丈の空間に過ぎないことが多いが、唯いたずらに幹を伸し、枝
前へ
次へ
全242ページ中33ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
薄田 泣菫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング