との見わけがつかなかったというほどだから、どんなに美しい女だったかはほぼ想像することが出来る。二十七の若盛りで亡くなったので、冒氏は哀惜のあまり、自分の手でこの女の思い出を書き残しているが、それによると、小苑は自分の影を見ることが好きで、月夜には、ああか、こうかといろんな立姿を月あかりにうつして、興に入っていたものだそうだ。
 あるとき、菊を贈ってよこした人があった、花のひかり、葉のつや、枝のたたずまいなど、見るから眼のさめるようなうつくしい花だった。そのおり小苑は病気で床に臥っていたが、やおら起きあがって、白地の六面屏風に花の三方をとりまかせた。そして自分も花の側に座を設けて、灯火が屏風へ投げる二つの影をいろいろと試み直していたが、いくらか疲れが出たらしくぐたりとなって、誰にいうともなく、
「菊の花はほんとうによく出来ているんだが、人間の方がこんなに痩っちまって……」
と悲しそうにつぶやいたということだ。

 自分の姿態と、影と、心持とを、花のもつそれらと交錯させ、諧和させようとする試みは、多くの人が花を自分の好みにねじ曲げるようにするそれとは異って、確におもしろい行き方だと思う。

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