「わしの見たところに間違がなければ、あれは立派な古渡《こわたり》じゃ。今は埋れて溺器に用いられているが、もしか眼の利く商人《あきんど》に見つかって掘り出されでもしようものなら、どんなところへ名器として納まらぬものでもない代物《しろもの》じゃ。そんなことがあってはならぬと思うから、可惜《あたら》ものをつい割ってしもうた。」
4
三人は三様の心持と方法とで、世の中から三つの陶器を失った。失われたのは、いずれも秀れた名器だったが、彼等はそれを失うことによりて、一層尊いあるものを救うことが出来たのだ。
[#改ページ]
利休と丿観
山科の丿観《へちかん》は、利休と同じ頃の茶人だった。丿観は利休の茶に幾らか諂《へつら》い気味があるのを非難して、
「あの男は若い頃は、心持の秀れた人だったが、この頃の容子を見ると、真実が少くなって、まるで別人のようだ。あれを見ると、人間というものは、二十年目ぐらいには心までが変って往くものと見える。自分も四十の坂を越えて、やっと解脱の念が起きた。鴨長明は蝸牛のように、方丈の家を洛中に引っ張りまわし、自分は蟹のように他人の掘った穴を借りてい
前へ
次へ
全242ページ中218ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
薄田 泣菫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング