っているらしかった。その一組は呼吸の通っている人達とみえて、声柄に何の変りもなかったが、今一つの組が肉身を具えたこの世の人たちでなかったのは、その物言いぶりが何よりもよく語っていた。紛れもない幽魂《たましい》そのものの声で、それを耳にすると、掘りかえされた墓土の黴臭い呼吸と、闇に生れた眼なし鰻の冷さが気味悪く感じられた。恐いもの見たさの物好きが強く働いていなかったら、若い漁師はそこそこに舟を漕いで、遠くへ逃げ出したかも知れなかった。
「すると、お前たちが心静かに月に見とれていると、そこへこちらの二人が無理に入って来たというのだな。」
だしぬけにこういう声が聞えた。その声には、口喧嘩《いさかい》をし合っている輩《てあい》のものとは似てもつかない重々しい力があった。若い漁師はすぐにそれを社廟の神様のお声だなと気づいて、軽い身顫いを覚えた。
「さようにございます。手前どもが永い間閉じ籠められた常闇《とこやみ》の国から抜け出して来て、久しぶりに見たのが今夜の満月でございましょう。手前どもはあの青白い光を見ると、むかしのいろんなことを思い出して、唯もう夢のような気持で、水際の草の上に蝗《いな
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