トそれに火をつけた。
「どなたのお言葉か知りまへんが、一代男をとは殺生だっせ。これを灰にして見なはれ。世間にたんとはない西鶴物が、また一部だけ影を隠すわけだすからな。それにこんな手持のよい一代男は、どこを捜したかて、滅多に見られるわけのものやおまへん。わてがこれを先生に納めたのは、つい先日《こないだ》のことだしたが、その時の値段が確か千五百円だしたぜ。」
「ほう、千五百円。そない高い本とは知らなんだ。どれ、どれ……。」
 駒十郎は、喫みさしの煙草を、火鉢の灰に突込んで、その手で脚本作者の膝から、本の一冊を取上げた。あたりの二、三人は、首をのばしてそれを覗き込んだ。
「そんなに高くなったかな。五百円の値を聞いて、びっくりしたのは、つい二、三年前のように思ったが。」古本好きの銀行家は、書物の値段が自分に相談なしに、ぐんぐんせり上っているのが、幾らか不機嫌らしかった。「ともかくも、そんなに高価なものを灰にしてしまっては、遺族の方々にも申訳がないから。」
「じゃ、一代男は思い止まりましょう。」
「外に何か見つかればいいが。」誰かがこんなことを言った。
 駒十郎は先刻から挿絵の一つに見とれて、側
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