ノ張るしめ縄の長さが、五|尋《ひろ》くらいで足りたものが、今では六尋も要るので、千幾百年も経ってこんな大きさになっていながら、まだ成長をやめないのかと、唯もう驚かれるばかりだということだ。
 六千年といえば、長い人類の歴史をも遥か下の方に見くだして、その頭は闇い「忘却」のかなたに入っている。その間樹は絶えず成長を続けて来たのだ。その脚の下には大地を踏《ふま》え、肩の上には天を支えて微塵の動ぎをも見せない巨柱のように衝っ立ってはいるが、樹は一瞬の間も休みなく変化を続けて、その大きさを増しているのだ。すべての草花は、その短い一生の間に、自分の全重量のざっと二百倍もの水分を土のなかから吸収するといわれているが、この巨木が六千年の間昼夜をすてず、大地のなかから吸い上げた養いが、どれほど大きなものであったろうかは、誰にも思いやられることだ。その養いは数知れぬ青い葉となって日光に呼吸し、すぐよかな枝となって空に躍り、また鯨の背のような厚ぼったい樹皮となり、髄となりして、今も尚六千年のむかし、土から柔かい双葉を持ち上げた、その頃の生命の新鮮さを失わないでいる。
 人間はものの数ではない。神よりも強健で、神よりも生命が長い。――そんなものが一つ、まだ見ぬメキシコの森林に存在することを思うだけでも、私の心は波のように踴躍する。
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   台所のしめじ茸

     1

 十月中頃のある日の午後二時過ぎ、水が飲みたくなって台所へおりて往った。天気が好いので、家のものたちは皆外へ出て往った後で、そこらはひっそりとしていた。
 窓を洩れる西日が、明るく落ちている板敷に、新らしい歯朶《しだ》の葉を被せかけた笊《ざる》がおいてあるのが眼についた。そっとその葉をとりのけてみると、朽葉のかけらを頭に土ぼこりを尻っぺたにこびりつけた菌《きのこ》が、少し前屈みになった内ぶところに、頭の円い小坊主を幾つか抱え込んで、ころころと横になっていた。
「おう。しめじ茸か。しばらくだったな。」
 私は久方ぶりに友達に逢ったようにこう思って、その一つを取り上げてみた。冷たい秋の山のにおいが、しっとりと手のひらに浸み入るようだった。
 私はよく雑木山のなかで、しめじ茸を見つけたことがあった。この菌は狐のたいまつなどが、湿っぽい土地に一人ぽっちで立っているのと違って、少し乾《かわ》いたところに、大勢の仲間と一緒に出ている。私は黄ばみかかった落葉樹の下で、この菌の胡粉を塗ったような白い揃いの着付で、肩もすれずれに円舞を踊っているのを見たことがあった。また短い芝草の生えた緩い傾斜で、勢揃いでもしているように、朽葉色の蓋《かさ》を反らして、ずらりと一列に立ち並んでいるのを見たこともあった。どんな場合にも、一つびとつ離ればなれに孤独を誇るようなことがなく、いつも朋輩のなかに立ち交って、群居生活を娯んでいるのが、このしめじ茸の持って生れた本性であるらしい。私はそれを思って、この菌を採る場合には、あとに残されたものの寂しさを憐んで、頭の円い小坊主だけは、出来るだけ多くそのままにしておいたものだが……
 蟋蟀が鳴いている。竈のうしろかどこかから、懶そうな声が途切れ途切れに聞えて来る。
「それ、虫が鳴いている。お前と俺と二人にとって、那奴《あいつ》はむかし馴染だったな。」
 私はもとのように歯朶の葉をそっと菌に被せかけた。そして日光のこぼれている板敷から、少し側の方へ笊を押しやった。

     2

 いつだったか、渡辺崋山の草虫帖の一つに、菌をとり扱っているのを見たことがあった。枯木の幹を横さまに、その周囲に七つ八つの椎茸を描いたもので、円い太腿をした蟋蟀が二つ配《あしら》ってあった。画面の全体が焦茶色の調子でひきしめられていたが、枯れ朽ちた椎の木の上皮に養いを取って、かりそめの生を心ゆくばかり娯しんでいる菌の気持が、心にくいまでよく出ていたことを覚えている。
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   客室の南瓜

     1

 南瓜――といえば、以前は薬食いとして冬まで持ち越し、または年を越させたものだが、米国産の細長いつるくび南瓜や、朱色の肌をした平べったい金冬瓜や、いろんな恰好をしたコロンケットなどが、娯みに栽培せられるようになってから、南瓜は秋から冬を通じて、客間の装飾としても用いられるようになった。
 私は奈良興福寺にある名高い木彫の天灯鬼が、左肩に載せた灯を左手で支えて、ぐっと身体をひねっている姿や、その相手の龍頭鬼が龍を首に巻きつかせたまま、灯を頭に載せ、両手を組み、白い眼をむいているのを見るのが好きだ。鬼というものをこんなにまで写生風に取扱って、それに溢れるばかりの感情を盛った作者の腕前に心から驚歎させられるが、それと同時に、この小鬼たちに対して友だちのような心安さから、そ
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