士はこの獣について事細かに述べ立てようとした。
「わかっとる。わかっとる。麒麟は生草を踏まず、生物を食わずといって、世にも有難い獣じゃ。」
館長は麒麟をアフリカ産のジラフだと知ろうはずがなく、名前を訊いただけで、すぐに支那人の想像から生れた霊獣を思い出しているらしかった。
「そんな霊獣でいて、おまけに背が高いんですから……」
「まあ、待ちなさい。君にいいことを教える。檻はこの設計書の半分の高さにこしらえなさい。」館長は大切な内証事を話すので、出し惜みをするらしく、一語一語金貨を数えるように、ゆっくりした調子でいった。「そして麒麟の頭が天井につかえるなら、床の地べたを幾らでも掘下げるんだ。いいかえ、天井を低くこしらえる代りに、地べたを深く掘下げるんだよ。」
博士はそれを聞いて苦笑するより外に仕方がなかった。
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茶の花
1
茶の花が白く咲いた。
茶は華美《はで》好きの多い草木のなかにあって、ひとり隠遁の志の深い出世間者である。裏庭の塀際か、垣根つづきに植えられて、自分の天地といっては、僅に方丈の空間に過ぎないことが多いが、唯いたずらに幹を伸し、枝を拡げるのは、自分の性分に合わないことを知っているこの灌木は、いかにも隠遁者らしい恰好で、まるまると背を円めて地べたにかいつくばっている。春から夏へかけて、多くの草木が太陽の「青春」と「情熱」とに飽酔しようとして、てんでに大きな、底の深い花の盃を高く持ち上げている頃には、彼は心静かに日向ぼっこをして、微笑を続けているばかしだ。そしてその騒々しい草木が、花を閉じ、葉を振い落してしまうと、この謙遜な隠遁者はやっと自分の番が来たように、厚ぼったい葉の蔭から小さな盃を持ち出して来る。それは白磁作りの古風なもので、彼はそれでもって初冬の太陽から水の滴りのような「孤寒」と「静思」とをそっと汲み取るのである。
渡鳥は毎日のように寒空を横切って、思い思いの方角へ飛び往くのが見られるが、みんな自分の旅にかまけていて、誰ひとり途の通りがかりに空地に下りて来て、この隠遁者を見舞おうとはしない。訪いもせず、訪われもせぬ閑寂な日が二、三日続いて、あるうすら寒い日の夕ぐれ前、灰色の着付をした小さな旅人がひょっくりと訪ねて来る。長めの尻尾を思いきり脊に反しているので、誰の眼にもすぐにそれがみそさざいであることが分
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