B
「いや、ならぬ。」
 和尚はきっぱりと言い切った。甚斎は恨めしそうな顔をして、すごすごと庫裡の方へ引取って往った。
 暫くすると、甚斎はいつもに似ずつつましやかに方丈に入って来た。その顔は蒼味を帯びていた。和尚は机にもたれて、何か読みものをしていた。
「老師。心からお詫のしるしを、ここにお預けいたしますから、今度のことばかりは、どうぞ大目にお見遁しを……」
 こう言って、彼は手に持った小さな紙包を机の端においた。和尚は黙々としてその包を開けてみた。なかには真赤な血にまみれた、なまなましい小指が一つ転っていた。和尚はじろりと尻目に甚斎の左手を見た。小指の附根には、無造作に繃帯がしてあった。和尚はまた黙々としてそれをもとのように包みなおした。
 和尚の眼は何物にも妨げられなかったように、またしずかに読み本の上に注がれた。甚斎はもどかしさに堪らぬように、
「老師。これでお免《ゆるし》が願われましょうか。」
 和尚はきっと相手の顔を見た。その言葉の調子は低かったが、石のような重みと、石のような冷さとをもって、甚斎のひしがれた心の上に落ちかかった。
「お前に用のないものが、俺に入用なとでも思っとるのか。うつけもの奴《め》が。」

 師家のお役に立たなかった小指は、またもとの持主に帰らねばならなかった。甚斎とその小指とは一緒に、海清寺のかかりつけの医者のもとへ送られた。そして小指は器用にもとの附根に縫いつけられた。
「どうだ、痛くはなかったか。」
 手術が済んだ後、甚斎に訊いたものがあった。すると、この乱暴者はにやりと笑ったのみで、何とも答えなかった。
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   名器を毀つ

     1

 勧修寺大納言経広は心ざまが真直で、誰に遠慮もなく物の言える人だった。
 時の禁裏後西院天皇は茶の湯がお好きで、茶人に共通の道具癖から井戸という茶碗の名器を手に入れて、この上もなく珍重させられていた。
 あるとき経広が御前にまかり出ると、主上はとりわけ上機嫌で、御自分で秘蔵の井戸を取り出されてお茶を賜ったりなどした。経広は主上の御口からその茶碗が名高い井戸だということを承ると、驚きと喜びとに思わず声をはずませた。
「井戸と申しますと、名前のみはかねて聞き及びましたが、眼にいたすのはまったく初めてのことで、ついては御許を蒙って、篤と拝見いたしたいと存じますが……」
 主上か
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