ヘ、いつものことなので、てんでに走り寄って、籠のなかから書画を持ち出し、自分たちの気に入ったものを選び取った。そしてその代りに米や魚や野菜を、しこたまそのなかに運び入れることを忘れなかった。
 籠が一杯になると、驢馬は市場を後に、もと来た道を道草も喰わないで、静かに帰って往った。
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   遊び

     1

 すべて画家とか、彫刻家とかいう人たちのなかには、いろんな動物を飼って、その習性なり、形態なりを研究し、写生するのがよくある。
 与謝蕪村の門弟松本奉時という大阪の画家は、ひどく蛙が好きで、方々からいろんな種類を集めて、それを写生したり、鳴かせたりして喜んでいた。それだけに、長い間には珍らしいのを見つけることも少くはなかったが、あるとき、三本足と六本足の蛙を見つけて、これこそ後の世に伝えなければならぬと、筆をとってこくめいに写生したものが、今に残っているということだ。

     2

 長崎東福寺の住職東海和尚は、画の方でもかなり聞えた人で、よく河豚を描いて人にくれたりしていたが、ほんとうのところは、まだ一度もこの魚を見たことがなかった。
 あるとき、和尚は海辺を通って、潮の引いたあとの水溜に、二、三びきの小魚を見つけたことがあった。
「何だろう、可愛らしい小ざかなだな。」
 和尚は水溜の側にしゃがんで、暫く魚のそぶりに見とれていたが、ふとちょっかいが出してみたくなって、手を伸べて魚の尻っ尾を押えようとした。魚は怒って山寺の老和尚のように、腹を大きく膨らませたかと思うと、急に游ぎがむつかしくなって、水の上にひっくりかえって、癲癇持のように泡をふき出した。その恰好は自分がいつも画に描きなれている河豚にそっくりだった。
「河豚だ。河豚だ。こいつおもしろい奴だな。」
 和尚は笑いながら、はち切れそうな魚の腹を指先でちょっと弾いてみたりした。
「和尚さま、何してござるだ。そんな毒魚《どくうお》いじくって……。」
 だしぬけに肩の上から太い声がするので、和尚はうしろを振り返った。そこにはこのあたりのものらしい漁師の咎め立てするような苦い顔が見つかった。
「わしか。わしはちょっと仲のいい友達と遊ばしてもらっていたばかりじゃ。」
 和尚はこういって、河豚と遊ぶのを少しもやめなかった。その態度には、好きな遊戯に夢中になっている小児の純一さがあった。
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