驍ノはあります。が、どれもこれもあまり効力《ききめ》といってはないようです……。」
 又四郎は赤ちゃけた松の葉を見上げながら冷やかに答えた。
「あまり効力がない。それは困ったものだな。」
 和尚はさも当惑したように円い頭をふった。頭の上では松の樹が勢のない溜息をついて、同じように枝をふったらしかった。又四郎は言った。
「そんな薬よりも、ずっと効力が見えるものが一つあります。もっともこれは私の秘伝でございますが……。」
「そうか。秘伝と聞けば、なお更それを聞きたいものだて。」
「それは、和尚さま、お経にある文句なのです。」
 又四郎は口もとに軽い微笑を浮べて言った。
「お経の文句。それはどのお経にある。」
 和尚の眼はものずきに燃えていた。
「観音経のなかの、
[#ここから2字下げ]
※[#「澎」の「彡」に代えて「寸」、第3水準1−87−17]甘露法雨
滅除煩悩焔
[#ここで字下げ終わり]
という文句です。あの文句を紙に書いて、そっと樹の根に埋めておきますと、霊験はあらたかなものです。枯れかけた樹の色が、急に青々と若返って来ます。」
 又四郎は枯れかけた当の松の樹にも、立ち聞きせられるのを気遣うように、声を低めて言った。
「いかさま。これはいいことを教えてもらった。」
 和尚のよろこびは一通りではなかった、彼はいそいそと自分の居間に帰って往ったが、暫くすると、折り畳んだ紙片を掌面に載せてまた出て来た。
「又四郎どの。御面倒だが、それじゃこの紙片を土に埋めて下さい。」
 又四郎は受取った紙片をそっとおし拡げてみていたが、すぐまたそれを和尚の手に返した。
「和尚さま。※[#「澎」の「彡」に代えて「寸」、第3水準1−87−17]甘露法雨の※[#「澎」の「彡」に代えて「寸」、第3水準1−87−17][#「※[#「澎」の「彡」に代えて「寸」、第3水準1−87−17]」に白丸傍点]の字が樹[#「樹」に白丸傍点]になっていますよ。」
「ほい。わしとしたことが、これは失敗ったな。」
 和尚は頭を撫でて高く笑った。

 文字はすぐに書きあらためられて、又四郎の手で松の根もとに埋められた、そしてそのまま捨ておかれた。
 枯れかけた松の色は、やがてまた青くなり出した。

     5

 何事も自然にまかせて、あまりおせっかいをしないのが、一番いいようだ。
[#改ページ]

   蔬菜の味

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