c。」
「不思議な力。」私はいぶかしそうにG氏の顔を見た。
「まったく不思議なんだ。それはこう言う訳なんだがね。」
G氏は落ついた句調で、ぽつりぽつりと次のようなことを話した。
2
岡山を西へ一里半ばかり離れた田舎に、かなり広い梨畑をもった農夫があった。どうしたものか、いつの年も咲き盛った花の割合に、実のとまりが極く少く、とまった果実もそれが熟れる頃になると、妙に虫がついて、収穫として畑よりあがるものは、ほんの僅かしかなかった。年毎の損つづきに気を腐らした農夫は、いっそ梨畑を掘り返して、そのあとに何か新しいものを植えつけてみたらと思った。で、いつもこんな場合に、いい分別を貸してもらうことになっている神道――教会の教師を訪ねて、その相談をもちかけた。いうまでもなく、農夫はその教会のふるい信徒の一人だった。
農夫の口から委細を聞いた教師は、気むつかしく首をふった。
「梨畑を掘り返すにはまだ早い。もっと御祈念を積みなさい。」
「御祈念はいたしとります。」
農夫の言葉つきには、どこかに不足らしいところがあった。
「何と言って御祈念している……。」
「神様。どうぞ私の梨畑を……。」
気後れがするらしく、口のなかで言う農夫の言葉を、教師は皆まで聞かなかった。
「私の梨畑だと。お前さんにそんなものはないはずだ。何もかも一切神様にお返ししなさい、といって聞かせたことをもう忘れているね。」
それを聞くと、農夫は両手を膝の上へ、頭を垂れたまま、悄気《しょげ》かえったようにじっと考え込んでいたが、暫くすると、
「いや、よくわかりました。私が間違っておりました。」
と、丁寧に教師に挨拶をして帰って往った。
その日から農夫の心は貧しくなった。彼は一切のものを神に返した。毎朝鋏と鍬とをもって梨畑へ出かけると、いつもきまったように樹の下に立って、
「神様。これからあなたの畑で働かせていただきます。もしか梨の実がみのって、少しでも余分のものがおありでしたら、そのときには盗人や虫におやりになる前に、まず私にいただかせて下さいますように。」
と、真心を籠めて祈念した。そして自分の畑を自分の手で処理するといったようなこれまでの気儘な態度をあらためて、自分はただこの畑の世話をするために雇われた貧しい働き人の一人に過ぎないような謙遜な気もちで、一切を自然にまかせっきりにして、傍か
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