のあの素朴な厚ぼったい感じは、どの材料をつかうよりも、一番よく陶器画として表現出来そうだ。私をして描かしむれば、鍋島の陶器師があのうずまきの草花を選んだような自由さをもって、私は紅玉の実を支える枝という枝に、雄鶏の脚に見るような、するどい蹴爪をかき添えるかも知れない。
なぜといって、今気がついたことだが、あすこに真赤に熟しているのは、まがうようもない渋柿だからである。
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蓑虫
1
空は藍色に澄んでいる。陶器のそれを思わせるような静かで、新鮮な、冷い藍色だ。
庭の梅の木の枝に蓑虫が一つぶら下っている。有合せの枯っ葉を縫いつづくった草庵とでもいうべきお粗末な住家で、庵の主人は印度人のような鳶色の体を少しばかし、まだ開けっ放しの入口の孔から突き出したまま、ひょくりひょくりと頭をふっている。何一つする仕事はなし、退屈でたまらないから、閑つぶしに頭でもふってみようかといった風の振方である。
そっと指さきで触ってみると、虫は急に頭をすくめて、すぽりと巣のなかに潜り込んでしまうが、しばらくすると、のっそりと這い上って来て、またしてもひょくりひょくりと頭をふっている。
2
むかし、支那の河南に武億という学者があった。ある歳の冬、友人の家に泊っていて除夜を過ごしたことがあった。その日の夕方宿の主人がこんなことをいい出した。
「旅に出て歳を送るのは、さだめし心細いものだろうと思うな。その心細さを紛らせるのに何かいいものがあったら、遠慮なくいってくれたまえ。」
すると、武億は答えた。
「有難う。じゃ酒を貰おうかな。酔ってさえいれば除夜も何もあったものではない。」
主人は客の好みに応じて蒙古酒一瓶に、豕肉と、鶏と、家鴨と、その外にもいろんな珍らしい食物を見つくろって武億をもてなした。客はその席に持ち出されたものはみんな飲みつくし、食べつくして、いい機嫌になっていたが、何となくまだ物足りなさそうにも見えるので、主人が気をきかせて、
「まだ欲しいものがあるなら、何なりともいってくれたまえ。」
というと、武億はとろんこの眼を睡そうに瞬きながら、
「何もない。ただ泣きたいばかりだ。」
といいも終らず、いきなり声をあげて小児のようにおいおい泣き出したそうだ。
武億が声をあげて泣き出したのは、したたか酒に食べ酔った後の所在なさ、やるせ
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