では、床の間に懸つた古い禅僧の法語の軸物、あられ釜、古渡《こわた》りの茶入《ちやいれ》、楽茶※[#「怨」の「心」に代えて「皿」、第3水準1−88−72]《らくぢやわん》、茶杓、――といつたやうな道具が、まるで魔法使の家の小さな動物たちが、主人の老女の持つ銀色の指揮杖の動くがままに跳ねたり躍つたりするやうに、それぞれの用に役立ちながら、みんな一緒になつて茶室になくてはならない、大切な雰囲気をそこに造り上げようとする。大切な雰囲気とはいふまでもなく、閑寂と侘とのそれである。
むかし、小堀孤蓬庵が愛玩したといふ古瀬戸《こせと》の茶入「伊予簾《いよすだれ》」を、その子の権十郎が見て、
[#ここから1字下げ]
「その形、たとへば編笠といふものに似て、物ふりてわびし。それ故に古歌をもつて、
あふことはまばらにあめる伊予簾
いよいよ我をわびさするかな
[#ここで字下げ終わり]
我おろかなるながめにも、これをおもふに忽然《こつぜん》としてわびしき姿あり。また寂莫たり」
といつたのも、その茶入が見るから閑寂な侘しい気持を、煙のやうに人の心に吹き込まないではおかなかつたのを嘆賞したものなのだ。
もしか茶室の雰囲気に少しでももの足りなく感じたら、そんな場合には何をおいても床の間の抛入《なげいれ》の侘助の花を見ることだ。自然がその内ぶところに秘めてゐる孤独感が、をりからの朝寒夜寒《あささむよさむ》に凝《こ》り固まつて咲いたらしい、この花の持味は、自然の使者として、その閑寂と侘心とを草庵にもたらすのに充分なものがあらう。
私は暗くなつた室でこんなことを思つてゐた。椿の花は小さく灰色にうるんで、闇の中に浮き残つてゐた。
底本:「泣菫随筆」冨山房百科文庫、冨山房
1993(平成5)年4月24日第1刷発行
底本の親本:「独楽園」創元社
1934(昭和9)年
入力:本山智子
校正:林 幸雄
2001年7月6日公開
2006年1月2日修正
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://www.aozora.gr.jp/)で作られました。入力、校正、制作にあたったのは、ボランティアの皆さんです。
前へ 終わり
全2ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
薄田 泣菫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング