は大の芝居好きで、亭主に死別れてからは、俳優の顔ばかり夢に見るといふ風な女であつた。
 その日も二人は夢中になつて、芝居や俳優の噂をした。翌日になつて、月窓の母親が挨拶かたがたその女を訪ねてゆくと、鼻の尖つた嫁さんが出て来て不思議さうな顔をした。
「お母さんですか、お母さんは貴女、亡くなりましてから、今日で三月あまりにもなりますよ。」
「え、お亡くなりですつて。でも、私は昨夜芝居でお目に懸りましたが……」
「まさか。」
と言つて嫁さんは相手にしなかつた。そしてどうかすると、こちらを狂人扱ひにしさうなので、月窓の母親は黙つて帰つたが、途中|蹠《あしのうら》は地に著かなかつた。



底本:「日本の名随筆 別巻64 怪談」作品社
   1996(平成8)年6月25日第1刷発行
底本の親本:「薄田泣菫全集 第四巻」創元社
   1939(昭和14)年2月
※底本は、物を数える際や地名などに用いる「ヶ」(区点番号5−86)を、大振りにつくっています。
入力:土屋隆
校正:門田裕志
2006年3月20日作成
青空文庫作成ファイル:
このファイルは、インターネットの図書館、青空文庫(http://
前へ 次へ
全3ページ中2ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
薄田 泣菫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング