。フランス好きの上田氏は、それを見るにつけて、直にあちらの事を思ひ出すらしくいひました。
『日本の草は、感じも手触りも硬いのが多いやうですが、フランスの原つぱに生えてる草は、みんな柔かで、それに虫なんか滅多に見つからないのが気持がよござんすね。』
 私はそれを聞いて、都会で育つたこの学者と、田舎で生れた私との間に、草や昆虫に対する感じの上に、大きな間隙があるのを気づかないではゐられませんでした。虫は時々私の指を噛み、肌を螫しました。しかし彼等はいつも私の遊び友達でした。
 虫ばかりか、草も偶には人間に向つて、白い歯を見せることがあります。萱は剃刀のやうな葉で、幾度か私の指を切りました。薊はその針で度々私の掌面を刺しました。しかし私は、いつ、どんな場合にも、これらの草を見ると、
『おい、兄弟……』
 と、いきなり呼びかけたい程の親しみを失つたことはありません。よしそれが砂ぼこりに汚れてゐようと、牛の小便に濡れてゐようと、それはほんの些細な事です。
 遊ぶものと、遊ばせてくれるものと、成長するものと、成長させてくれるものと。――私と草との関係は、かうした離れられない間柄だつただけに、今夕立
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