すつかり諦めてしまつて、唯もう言ひつけられたやうに、すたすたと歩き通しに歩いて行つた。豆は爆《は》ぜ割れるほど實が肥つたし、麥もそろそろ熟れかかつて來たので、野良仕事も一先づ片付いたかして、見渡した處人つ子一人そこらに働いて居ない。程近い秋篠川の川縁に、家鴨飼の子供であらう、長い竹竿を擔いだのが、小高い岡の上にひよいとのぞいたかと思ふと、直ぐまた段々降りに見えなくなつてしまつた。夏初めの氣力に充ちた附近の自然が、言ひ合はしたやうに虐げと重みをもつて、私一人に押被さるやうで、疲勞と不安とにそろそろ辛抱が出來なくなつて來た。
すぐ手前に刈り込んだやうに、行儀よく立竝んだ麥の穗並が、さつと一搖れ白く搖れて、快活な風が子供のやうに、地べたに轉がり落ちて來た。この頃の照りつづきで乾ききつた路の砂埃が、ぱつとまくし起つて、一煽り煽り立つたと思ふと、先細《さきぼそ》にすぢりもぢつてころころと轉がつて來る。するとそこらにだらしなく寐轉んでゐた木つ葉や、稈心の片々になつたのが、目に見えぬものの手に引きつけられたやうに、つと摩り寄つて一緒になつてくるくると舞ひ揚つたと見ると、今度はひよいと立直して、するすると爪立《つまだち》に伸《の》し上つたが早いか、さつと横倒しに倒れかかつて、つつつと小走りに右へ、麥畠の畔になぐれ込んでしまつた――旋風《つむじかぜ》が卷いたのだ。
私はいつの間にかそこに突立つてゐた。氣難しい顰《しか》めつ面の大自然の重くるしい沈思の底にも、どうかすると蟲が喰つたやうにこんな空洞が出來て、周圍のすべての力が慌てたやうにそこに流れ込む。してまた偶には思ひも掛けぬほど大きな渦卷を仕出かす事さへもある。自分達の内生活の氣象もどうかするとこんな事だらけで、何もこんな旋風がたいして一日の氣象に影響したり、一生の生存に關係するといつた程の事は無いにしても、それでも猶こんな小さな現象の底に、盲探しに動いてゐる宇宙の極祕の或る閃きを見出す事が出來る。
日が少し曇り掛つて來たので、蒸暑さがまた堪へられなくなつた。俄かに渇きが湧いて、咽喉が痙攣《ひきつ》るやうになつた。西大寺村はついそこに見える。私は痺れるやうな足を引摺つてとぼとぼと歩いて行つた。
底本:「現代日本紀行文学全集 西日本編」ほるぷ出版
1976(昭和51)年8月1日初版発行
底本の親本:「薄田泣菫全集 第
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