てみれば、誰だつて愛さないわけにゆかないぢやありませんか。』
楊次公は見るともなしにその石を見た。玉のやうに潤ひがあつて、峰も洞もちやんと具つた立派な石だつた。だが、この役人はそしらぬ顔ですましてゐた。すると、米元章はその石をそつと袖のなかに返しながら、今度はまた右の袖から一つの石を取出して見せた。
『どうです。こんな石を手に入れてみれば、誰だつて愛さないわけに往かないぢやありませんか。』
その石は色も形も前のものに較べて、一段と秀れたものだつた。米元章はそれを手のひらに載せて、やるせない愛撫の眼でいたはつて見せた。楊次公は少しも顔色を柔げなかつた。
米元章はその石をもとのやうに袖のなかに返したかと思ふと、今度はまた内ふところから、大切さうに第三の石を取出した。按察使はそれを見て、思はず胸を躍らせた。黒く重り合つた峰のたたずまひ、白い水の流れ、洞穴と小径との交錯、――まるで玉で刻んだ小天地のやうな味ひは、とてもこの世のものとは思はれなかつた。
『どうです。これを見たら、どんな人だって、愛さないわけにはゆきますまい。』
嬉しくてたまらなささうな米元章の言葉を、うはの空に聞きながら、楊次公は呻くやうに言つた。
『ほんたうにさうだ。私だつて愛する…………』
そしてすばしこく相手の手からその石をひつ攫《さら》つたかと思ふと、獣のやうな狡猾さと敏捷さとをもつて、いきなり外へ駆け出して往つた。
門の外には車が待たせてあつた。楊次公はそれに飛び乗るが早いか、体躯《からだ》中を口のやうにして叫んだ。
『逃げろ。逃げろ。早く、早く……』
二
明国の末に瞿稼軒といふ忠節の人があつた。倒れかかつた国家の柱石として、いろいろ復興の画策につとめたが、時の勢はどうすることもできないで、守つてゐる城は、清兵のために攻め落されて、自分は捕虜の身となつた。
彼は舁がれて独秀山の山路を通りかかつた。ふと、大きな樹の蔭に見馴れない変つた形をした石が生き物のやうにかいつくばつて、醜い顔で天をふり仰いでゐるのを見た。彼は自分を舁いでゐる兵卒を呼びとめた。
『おい。一寸ここにおろしてくれ。あの不思議な石が眼についたから。』
彼はつねから庭石が好きだつたので、今捕虜として舁がれて往く途中でも、石を見つけてはそのまま別れてゆくに忍びなかつたのだ。
兵卒は承知した。地べたにおろされ
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