空を翔《か》けめぐるべきはずだつた馬明生の体は、見る見るうちに傴僂《せむし》のやうに折れ曲つて、やがて小さな地仙となつてしまつた。

 何が馬明生をして、かうも大事な瀬戸際にあたつて、そんなに心変りをさせたらうか。それは見る人によつていろいろな解釈もあらうが、私はそれを時季がちやうど春だつたからのことだと考へたい。そこらの野山を色とりどりに晴れやかに粧《よそほ》つた春の眺めは、あのがらんとした空洞のやうな空の広みと比べて、どんなにこの仙術修業者の心を後に引き戻したらうか。それは想像するに難《かた》くないことだ。
 彼の心変りも、詮じ詰めると、そんなちよつとした理由にもとづくものではなかつたらうか。
 世の中にはよくそんなことがあるものだ。
[#地から1字上げ]〔昭和9年刊『独楽園』〕



底本:「泣菫随筆」冨山房百科文庫、冨山房
   1993(平成5)年4月24日第1刷発行
   1994(平成6)年7月20日第2刷発行
底本の親本:「独楽園」
   1934(昭和9)年発行
入力:門田裕志
校正:noriko saito
2008年5月16日作成
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