しつけて、お渡し申すこともできるが、それらのものに聞かせたうもなければこそ、かやうにして具足のなかより取り出したのでござる。この金子はこの場かぎりのこと、一切沙汰なし、沙汰なし」

 かうして調達した金子のために、忠興は頭の上に落ちかかつた大厄からやつと免れることができました。家康を相手に安々と百両の金子を借り出してきたといへば、ただそれだけでも、松井佐渡守の老巧さ加減は推察できることと思ひます。

 その老巧な松井佐渡も、利休七哲の随一と呼ばれた忠興の家に仕へながら、茶器の鑑定にかけては、目端が利くはうでもないので、そんなことには平素《ふだん》からあまり手出しをしないことに決めてゐました。
 佐渡守は喜平の手から小壺を受け取りました。その無表情な眼はこがね虫のやうにのつそりと小壺の胴を這ひました。
「瀬戸かな。いやさうでもないかな」佐渡守の言葉には、物に臆したやうなあやふやな愚かしいところがありました。しかし、その次の瞬間、喜平を振り返つて見た顔つきには、どこに隠れてゐたかと思はれるやうな「力」と「確かさ」とが強く出てゐました。「薬師峠の一軒茶屋で手に入れたと申しをつたな。幾ら払つて
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