は、名器に対する礼儀ぢや」
忠興は言訳らしく言つて、あらためて小壺を手に取り上げました。
かつきりした肩の張り、肩から胴へかけての照り、ふつくりした全体の肉もち、畳付の静かさ。――忠興の眼は、そんなものを貪るやうに味はつて、愉悦の飽満にこらへきれないやうでした。小壺に酔つたらしい、ほれぼれした主君の様子を、不思議さうに見まもつてゐる側近い人たちのなかで、一番驚いたのは松井佐渡守でした。自分が手にしたときには、見すぼらしい平凡な土器に過ぎなかつたものが、今主君の掌面に載せられてゐるのを見ると、うつとりと珠玉のやうに底光りを放つてゐます……
「天下一の瀬戸とはこれぢや。小壺狩でおれがさがしあてたいと思つたのも、これよりほかにはないはずぢや。佐渡、喜平とやらの眼がね羨ましく思ふぞ」
忠興は小壺を下において、その畳付を味はふらしく、またひとしきり眺め廻してゐた。
「…………」
佐渡守は黙つてお辞儀をしました。この道具に対する自分の眼ききの不馴れから、こんな恥しい目を見なければならないのかと思ふと、物を言ふのが怖ろしくなつたのでした。
忠興は、かやうな名器を、山深い一軒茶屋から拾ひ出してきた喜平のほまれを思ふと、それが羨ましくなりました。自分がその道の巧者と家来の幾人かを使つて、大袈裟に国中を狩りつくしても、なほ見ることができなかつたものを、喜平は自分の眼ひとつで安々と捜《さぐ》り出してゐる。それは悪戯《いたづら》好きな運命が喜平をそこに連れ出したにもよることだが、いくら運命の連れ出しがあつたところで、喜平にそれを掴むだけの力がなかつたなら、どうすることもできなかつたはずである。よし佐渡守が言つたやうに、喜平にそんな力はない、ほんのまぐれ当りに当つたに過ぎないにしても、山深い一軒茶屋からこんな名器を見つけ出して、それと一緒に、後の世までも名を謳《うた》はれるといふのは、特別に運命に恵まれた男といつて差支へないはずである。利休七哲の随一人として、三十七万石の小倉城主として、自分はただこの名器の肩の張り、胴の照りといつたやうなものを見て味はふ、いはゆる観賞家の一人として踏み止まらなければならないのに比べて、喜平はこの名器の唯一の発見者である誉れをほしいままにしてゐる。そんなことが忍び得られるだらうか。
「仲間風情にしてやられて……」
さう思ふと、忠興は嫉妬に似た気持を
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