からかわれでもしているように、むっとして言いました。
「そりゃ、あんたはんのお言いやす通り蟇蛙かもしれまへんけどな……」件の男はむくれ気味の博士の顔色を、半ば気味悪そうに、半ば冷かしに見返しながら言いました。「これが、あんた、大阪へ行くと、いつの間にやらすっぽんになっとりますのやで。」
「そうか、大阪へ着くと、これがすっぽんになるか。」
 博士は青白いハムレットの口から、「博士よ、この世のなかにはお手前の哲学より以上のものがござるぞ。」と言い聞かされでもしたように、それを聞くと、急に今まで解せなかったいろんな事が解ったような気がしたそうです。

    三

 彼岸の十九日に、大阪天王寺の本坊で猫供養というものが行われました。三味線稼業の人達から出来ている日本声曲会の主催で、三味線が渡来してこの方、四百年の間にこの楽器のために皮を貢献した猫を弔おうという企でした。
 お花の師匠などは、自分の生業のために毎日いろんな植物を犠牲にしていますが、花盛りのこの頃、一つ花供養といったようなものを行ってみたらどうでしょう。お針の師匠が針供養をやっているのをみれば、花供養をしてもよかろうと思います。いつでしたか、友人の西川一草亭氏にこの事を話しましたら、氏は
「私は花を犠牲にばかりはしていません。私の技術で花を活かせているとも思います。然し花供養は面白いと思いますから、一度やってみましょう。」
 と言っていました。私は友人の自信のある言葉を喜ばずにはいられませんでした。



底本:「日本の名随筆17 春」作品社
   1984(昭和59)年3月25日第1刷発行
   1997(平成9)年2月20日第20刷発行
底本の親本:「太陽は草の香がする」アルス
   1926(大正15)年9月発行
入力:門田裕志
校正:大野 晋
2004年9月26日作成
青空文庫作成ファイル:
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