、何の遠慮がいるもんか」
若い男はぶつぶつ言ひながら、小鳥の巣をそのまま持つてきた籠に移さうとしました。それを見た老人は黙つて二歩三歩|後退《あとじさ》りをしました。
小鳥を籠に移した商売人は、何気なく老人のはうを振り返りました。老人は後に立ちはだかつたまま、鉄砲の筒口をこちらに向けて、引金に指をかけてゐました。それを見ると、商売人はがたがた慄《ふる》へながら、べつたりそこに尻餅をついてしまひました。
山雀はそのまま老人のふところに入りました。老人はそれを家に持つて帰つて、丹念に餌づけをしてゐましたが、無事に羽が出そろひますと、みんな籠から取り出して山へ逃がしてしまひました。
それを惜しがつたある人が、
「山雀は仕込みさへしたら、いろんな藝をおぼえるのに……」
といひますと、老人はたつた一言、
「うるさい」
といつたきり、外《そ》つ方《ぱう》を向いたさうです。
[#地から1字上げ]〔大正15[#「15」は縦中横]年刊『太陽は草の香がする』〕
底本:「泣菫随筆」冨山房百科文庫43、冨山房
1993(平成5)年4月24日第1刷発行
1994(平成6)年7月20日第2刷発行
入力:林 幸雄
校正:門田裕志
2003年3月24日作成
青空文庫作成ファイル:
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