なければならないといふ、これまでの言傳へをそのまま信じてゐたに過ぎなかつた。
で、仙人は空を飛んだ。砂漠のやうな乾いた空をあちこちと飛び歩いて、かうして高く揚る事の出來た心掛を、獨りで得意がつてゐると、ちやうどその足もとの久米の里では、小河の河つ縁で濯ぎ物をしてゐる女がある。女の著物の裾をやけにたくしあげてゐるので、ふつくりと肥えた脛がよく見える。
それが眼にとまると、これまで押へに押へた仙人の感覺は、蠍《さそり》のやうに眠りから覺めて、持前の鋭い刺激を囘復した。そして新しい彈力で一杯になつたその肉體は、干葡萄のやうに萎びきつた靈の高慢くさいのを嘲笑つた。
靈は默つてその侮辱をうける他はなかつた…………と思ふと、久米の仙人は※[#「隔のつくり+羽」、第3水準1−90−34]《はぐき》を打たれた鳥のやうに、もんどりうつて小河の河つ縁に落ちて來た。その刹那に新しい價値の世界の薄明が、かすかに動いたに相違ない。
ニイチエのツアラトウストラは The cow of many Colours といつた市街で、心の三段變りといふ事を説いた。心が重い荷物を背負つて駱駝となつて沙漠の旅に出た。寂しい旅の半程で、駱駝は急に獅子と化つて、これまで主人として事《つか》へた大きな龍と鬪つた。龍の名は“Thou shalt”獅子のは“I will”といふのだ。兩個は從來龍の持つてゐた『物の價値』について、ひどい取つ組合ひをした。實際獅子にはまだ『價値』を創り出すだけの力量は無かつたが、やがてそれを創らうといふ『自由』を産むだけの力は十分あつた。とかくする間に獅子はまた小兒に生れ變つた。小兒は價値の出發點で、立派な肯定だ。新しい世界はここから始まるといふのだ。
久米の仙人は女の脛を見た刹那、ニイチエの言つた新しい獅子と化つてゐたのだ。そして自分を乾いた空へ引張りあげた龍と爭つて、また地面に落ちて來た。私は次の刹那に、仙人がも一度第三の變化を遂げたかどうか知らないが、その胸に羽ぐくまれた自由の思想は、やがて新しい價値の世界を發見せずにはおかないのだ。
元亨釋書のいふところによると、釋理滿とかいつた河内産れの坊主は、わざわざ性慾を絶たうとして、陰痿の藥を飮んださうだ。なんといふ氣の毒な事だ。人間はどんな場合にも無駄な空想に驅られて、生活の力を自分で殺ぎ取つたり、別々に働かせたりしてはな
前へ
次へ
全3ページ中2ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
薄田 泣菫 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング