白く※[#「てへん+施のつくり」、第3水準1−84−74]《ひ》く筋の、一縷《いちる》の糸となって烟《けむり》に入るは、立ち上《のぼ》る朝日影に蹄《ひづめ》の塵《ちり》を揚げて、けさアーサーが円卓の騎士と共に北の方《かた》へと飛ばせたる本道である。
「うれしきものに罪を思えば、罪長かれと祈る憂《う》き身ぞ。君一人館に残る今日を忍びて、今日のみの縁《えにし》とならばうからまし」と女は安らかぬ心のほどを口元に見せて、珊瑚《さんご》の唇をぴりぴりと動かす。
「今日のみの縁とは? 墓に堰《せ》かるるあの世までも渝《かわ》らじ」と男は黒き瞳《ひとみ》を返して女の顔を眤《じっ》と見る。
「さればこそ」と女は右の手を高く挙《あ》げて広げたる掌《てのひら》を竪《たて》にランスロットに向ける。手頸《てくび》を纏《まと》う黄金《こがね》の腕輪がきらりと輝くときランスロットの瞳はわれ知らず動いた。「さればこそ!」と女は繰り返す。「薔薇の香《か》に酔える病を、病と許せるは我ら二人のみ。このカメロットに集まる騎士は、五本の指を五十度繰り返えすとも数えがたきに、一人として北に行かぬランスロットの病を疑わぬはなし。束《つか》の間に危うきを貪《むさぼ》りて、長き逢《お》う瀬《せ》の淵《ふち》と変らば……」といいながら挙げたる手をはたと落す。かの腕輪は再びきらめいて、玉と玉と撃てる音か、戛然《かつぜん》と瞬時の響きを起す。
「命は長き賜物ぞ、恋は命よりも長き賜物ぞ。心安かれ」と男はさすがに大胆である。
 女は両手を延ばして、戴ける冠を左右より抑えて「この冠よ、この冠よ。わが額の焼ける事は」という。願う事の叶《かな》わばこの黄金、この珠玉《たま》の飾りを脱いで窓より下に投げ付けて見ばやといえる様《さま》である。白き腕《かいな》のすらりと絹をすべりて、抑えたる冠の光りの下には、渦を巻く髪の毛の、珠の輪には抑えがたくて、頬のあたりに靡《なび》きつつ洩れかかる。肩にあつまる薄紅の衣の袖《そで》は、胸を過ぎてより豊かなる襞《ひだ》を描がいて、裾は強けれども剛《かた》からざる線を三筋ほど床《ゆか》の上まで引く。ランスロットはただ窈窕《ようちょう》として眺めている。前後を截断《せつだん》して、過去未来を失念したる間にただギニヴィアの形のみがありありと見える。
 機微の邃《ふか》きを照らす鏡は、女の有《も》てる凡《すべ》てのうちにて、尤《もっと》も明かなるものという。苦しきに堪えかねて、われとわが頭《かしら》を抑えたるギニヴィアを打ち守る人の心は、飛ぶ鳥の影の疾《と》きが如くに女の胸にひらめき渡る。苦しみは払い落す蜘蛛《くも》の巣と消えて剰《あま》すは嬉《うれ》しき人の情《なさけ》ばかりである。「かくてあらば」と女は危うき間《ひま》に際どく擦《す》り込む石火の楽みを、長《とこし》えに続《つ》づけかしと念じて両頬に笑《えみ》を滴《したた》らす。
「かくてあらん」と男は始めより思い極めた態である。
「されど」と少時《しばし》して女はまた口を開く。「かくてあらんため――北の方なる試合に行き給え。けさ立てる人々の蹄の痕《あと》を追い懸けて病|癒《い》えぬと申し給え。この頃の蔭口《かげぐち》、二人をつつむ疑《うたがい》の雲を晴し給え」
「さほどに人が怖《こわ》くて恋がなろか」と男は乱るる髪を広き額に払って、わざとながらからからと笑う。高き室《しつ》の静かなる中に、常ならず快からぬ響が伝わる。笑えるははたとやめて「この帳《とばり》の風なきに動くそうな」と室の入口まで歩を移してことさらに厚き幕を揺り動かして見る。あやしき響は収まって寂寞《じゃくまく》の故《もと》に帰る。
「宵《よべ》見し夢の――夢の中なる響の名残か」と女の顔には忽《たちま》ち紅《こう》落ちて、冠の星はきらきらと震う。男も何事か心|躁《さわ》ぐ様にて、ゆうべ見しという夢を、女に物語らする。
「薔薇咲く日なり。白き薔薇と、赤き薔薇と、黄なる薔薇の間に臥《ふ》したるは君とわれのみ。楽しき日は落ちて、楽しき夕幕の薄明りの、尽くる限りはあらじと思う。その時に戴けるはこの冠なり」と指を挙げて眉間をさす。冠の底を二重にめぐる一|疋《ぴき》の蛇は黄金《こがね》の鱗《うろこ》を細かに身に刻んで、擡《もた》げたる頭《かしら》には青玉《せいぎょく》の眼《がん》を嵌《は》めてある。
「わが冠の肉に喰《く》い入るばかり焼けて、頭の上に衣《きぬ》擦《す》る如き音を聞くとき、この黄金の蛇はわが髪を繞《めぐ》りて動き出す。頭は君の方《かた》へ、尾はわが胸のあたりに。波の如くに延びるよと見る間《ま》に、君とわれは腥《なまぐ》さき縄にて、断つべくもあらぬまでに纏わるる。中四尺を隔てて近寄るに力なく、離るるに術《すべ》なし。たとい忌《いま》わしき絆《きずな》な
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