三十三円に御座候。あるいは御気に召さぬかと存じ候えども、御出被下《おいでくだされ》候えば喜こんで室々御案内|可仕《つかまつるべく》候、敬具」。飯を食いながら呼鈴を押して宿の神《かみ》さんを呼んだ。「とうとうあなたの方へ行く事にしましたよ。一週三十三円の下宿料なんかとうてい我輩には払えんから君の方へ行きましょうよ」「はあそうですか、どうもありがとう、なるべく気をつけますからどうぞさよう願いたいもので」。細君が出て行った後から亭主の首が半分戸の間から出た。Thank you, Mr. Natsume, thank you. と言ってニコニコ笑った。我輩も少々|嬉《うれ》しいような心持ちがした。細君と妹は引越しの荷ごしらえで終日急がしい。七時に茶を飲むときに食堂で逢《あ》った。「今日は飼っていた鸚鵡《おうむ》を売りました」と妹がいった。姉もまけずに「前使った学校の招牌《かんばん》も売りました。十円に買って行きました」と云った。
運命の車は容赦なく廻転しつつある。我輩の前および彼ら二人の前にはいかなる出来事が横わりつつあるか。我らは三人ながら愚な事をしているかも知れぬ。愚かも知れぬ、また利口
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