求む。御望の方は○○筆墨店へ御一報を乞う」。まずここへでも一つあたってみようと云う気になったから直ぐ手紙を書いて、宿料その他委細の事を報知して貰いたい、小生の身分はかくかく職業はかくかく、なるべく低廉でなるべく愉快な処に住みたいと勝手な事をかいてやった。
その夜の十時頃自分の室《へや》で読書をしていると、室の戸をコツコツ叩くものがある。“Yes, come in.”といったら宿の亭主がニコニコして這入《はい》って来た。「実はあなたも御承知の通りこの度引越す事にきまりましたが、どうでしょう、向うはここよりも大分|奇麗《きれい》でかつ器具などもよほど上等にしますが、来ていただく訳には参りますまいか」「それは君の方で僕に是非来てくれと言うのなら……」「イエ是非といって御無理を願う訳ではありませんが、御都合がよければ――実は御馴染《おなじみ》にもなっておりますし家内や妹も大変それを希望致しますから」「君の新宅へ下宿人を置きたいという事は僕も承知していますが、あながち僕でなくっても善《よ》いだろうと思ってね」と実はこれこれだと話すと、亭主の顔が少々陰気になって来た。我輩も少々|手持無沙汰《ても
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