から来た二人の職工みたような者が a handsome Jap. といった。ありがたいんだか失敬なんだか分らない。せんだって或芝居へ行った。大入で這入《はい》れないからガレリーで立見をしていると傍のものが、あすこにいる二人は葡萄耳《ポルトガル》人だろうと評していた。――こんな事を話すつもりではなかった。話しの筋が分らなくなった。ちょっと一服してから出直そう。
 まず散歩でもして帰るとちょっと気分が変って来て晴々する。何こんな生活もただ二三年の間だ。国へ帰れば普通の人間の着る物を着て普通の人間の食う物を食って普通の人の寝る処へ寝られる。少しの我慢だ、我慢しろ我慢しろ、と独《ひと》り言《ごと》をいって寝てしまう。寝てしまう時は善いが、寝られないでまた考え出す事がある。元来我慢しろと云うのは現在に安んぜざる訳だ――だんだん事件がむずかしくなって来る――時々やけの気味になるのは貧苦がつらいのだ。年来自分が考えたまた自分が多少実行し来りたる処世の方針はどこへ行った。前後を切断せよ、妄《みだ》りに過去に執着するなかれ、いたずらに将来に望を属するなかれ、満身の力をこめて現在に働けというのが乃公《だい
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