めた。実を云うと賞めたんじゃあるまい、ひやかしたんだろう。

     五

 君|釣《つ》りに行きませんかと赤シャツがおれに聞いた。赤シャツは気味の悪《わ》るいように優しい声を出す男である。まるで男だか女だか分《わか》りゃしない。男なら男らしい声を出すもんだ。ことに大学卒業生じゃないか。物理学校でさえおれくらいな声が出るのに、文学士がこれじゃ見っともない。
 おれはそうですなあと少し進まない返事をしたら、君釣をした事がありますかと失敬な事を聞く。あんまりないが、子供の時、小梅《こうめ》の釣堀《つりぼり》で鮒《ふな》を三|匹《びき》釣った事がある。それから神楽坂《かぐらざか》の毘沙門《びしゃもん》の縁日《えんにち》で八寸ばかりの鯉《こい》を針で引っかけて、しめたと思ったら、ぽちゃりと落としてしまったがこれは今考えても惜《お》しいと云《い》ったら、赤シャツは顋《あご》を前の方へ突《つ》き出してホホホホと笑った。何もそう気取って笑わなくっても、よさそうな者だ。「それじゃ、まだ釣りの味は分らんですな。お望みならちと伝授しましょう」とすこぶる得意である。だれがご伝授をうけるものか。一体釣や猟《
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