はいつまでこんな宿屋に居るつもりでもあるまい、僕《ぼく》がいい下宿を周旋《しゅうせん》してやるから移りたまえ。外のものでは承知しないが僕が話せばすぐ出来る。早い方がいいから、今日見て、あす移って、あさってから学校へ行けば極りがいいと一人で呑み込んでいる。なるほど十五畳敷にいつまで居る訳にも行くまい。月給をみんな宿料《しゅくりょう》に払《はら》っても追っつかないかもしれぬ。五円の茶代を奮発《ふんぱつ》してすぐ移るのはちと残念だが、どうせ移る者なら、早く引き越《こ》して落ち付く方が便利だから、そこのところはよろしく山嵐に頼《たの》む事にした。すると山嵐はともかくもいっしょに来てみろと云うから、行った。町はずれの岡の中腹にある家で至極|閑静《かんせい》だ。主人は骨董《こっとう》を売買するいか銀と云う男で、女房《にょうぼう》は亭主《ていしゅ》よりも四つばかり年嵩《としかさ》の女だ。中学校に居た時ウィッチと云う言葉を習った事があるがこの女房はまさにウィッチに似ている。ウィッチだって人の女房だから構わない。とうとう明日から引き移る事にした。帰りに山嵐は通町《とおりちょう》で氷水を一|杯奢《ぱいおご
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