てきた。向《むこ》うは二つばかり年上である。弱虫だが力は強い。鉢《はち》の開いた頭を、こっちの胸へ宛《あ》ててぐいぐい押《お》した拍子《ひょうし》に、勘太郎の頭がすべって、おれの袷《あわせ》の袖《そで》の中にはいった。邪魔《じゃま》になって手が使えぬから、無暗に手を振《ふ》ったら、袖の中にある勘太郎の頭が、右左へぐらぐら靡《なび》いた。しまいに苦しがって袖の中から、おれの二の腕《うで》へ食い付いた。痛かったから勘太郎を垣根へ押しつけておいて、足搦《あしがら》をかけて向うへ倒《たお》してやった。山城屋の地面は菜園より六尺がた低い。勘太郎は四つ目垣を半分|崩《くず》して、自分の領分へ真逆様《まっさかさま》に落ちて、ぐうと云った。勘太郎が落ちるときに、おれの袷の片袖がもげて、急に手が自由になった。その晩母が山城屋に詫《わ》びに行ったついでに袷の片袖も取り返して来た。
 この外いたずらは大分やった。大工の兼公《かねこう》と肴屋《さかなや》の角《かく》をつれて、茂作《もさく》の人参畠《にんじんばたけ》をあらした事がある。人参の芽が出揃《でそろ》わぬ処《ところ》へ藁《わら》が一面に敷《し》いてあっ
前へ 次へ
全210ページ中3ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
夏目 漱石 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング