らいだ」
「送別会は面白いぜ、出て見たまえ。今日は大いに飲むつもりだ」
「勝手に飲むがいい。おれは肴《さかな》を食ったら、すぐ帰る。酒なんか飲む奴は馬鹿《ばか》だ」
「君はすぐ喧嘩《けんか》を吹《ふ》き懸《か》ける男だ。なるほど江戸っ子の軽跳《けいちょう》な風を、よく、あらわしてる」
「何でもいい、送別会へ行く前にちょっとおれのうちへお寄り、話《はな》しがあるから」

 山嵐は約束《やくそく》通りおれの下宿へ寄った。おれはこの間から、うらなり君の顔を見る度に気の毒でたまらなかったが、いよいよ送別の今日となったら、何だか憐《あわ》れっぽくって、出来る事なら、おれが代りに行ってやりたい様な気がしだした。それで送別会の席上で、大いに演説でもしてその行を盛《さかん》にしてやりたいと思うのだが、おれのべらんめえ調子じゃ、到底《とうてい》物にならないから、大きな声を出す山嵐を雇《やと》って、一番赤シャツの荒肝《あらぎも》を挫《ひし》いでやろうと考え付いたから、わざわざ山嵐を呼んだのである。
 おれはまず冒頭《ぼうとう》としてマドンナ事件から説き出したが、山嵐は無論マドンナ事件はおれより詳《くわ》し
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