城屋から、いか銀の方へ廻《まわ》して、いか銀から、萩野《はぎの》へ廻って来たのである。その上山城屋では一週間ばかり逗留《とうりゅう》している。宿屋だけに手紙まで泊《とめ》るつもりなんだろう。開いてみると、非常に長いもんだ。坊《ぼ》っちゃんの手紙を頂いてから、すぐ返事をかこうと思ったが、あいにく風邪を引いて一週間ばかり寝《ね》ていたものだから、つい遅《おそ》くなって済まない。その上今時のお嬢さんのように読み書きが達者でないものだから、こんなまずい字でも、かくのによっぽど骨が折れる。甥《おい》に代筆を頼もうと思ったが、せっかくあげるのに自分でかかなくっちゃ、坊っちゃんに済まないと思って、わざわざ下《し》たがきを一返して、それから清書をした。清書をするには二日で済んだが、下た書きをするには四日かかった。読みにくいかも知れないが、これでも一生懸命《いっしょうけんめい》にかいたのだから、どうぞしまいまで読んでくれ。という冒頭《ぼうとう》で四尺ばかり何やらかやら認《したた》めてある。なるほど読みにくい。字がまずいばかりではない、大抵《たいてい》平仮名だから、どこで切れて、どこで始まるのだか句読《く
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