ればならない。兄は家を売って財産を片付けて任地へ出立《しゅったつ》すると云い出した。おれはどうでもするがよかろうと返事をした。どうせ兄の厄介《やっかい》になる気はない。世話をしてくれるにしたところで、喧嘩をするから、向うでも何とか云い出すに極《きま》っている。なまじい保護を受ければこそ、こんな兄に頭を下げなければならない。牛乳配達をしても食ってられると覚悟《かくご》をした。兄はそれから道具屋を呼んで来て、先祖代々の瓦落多《がらくた》を二束三文《にそくさんもん》に売った。家屋敷《いえやしき》はある人の周旋《しゅうせん》である金満家に譲った。この方は大分金になったようだが、詳《くわ》しい事は一向知らぬ。おれは一ヶ月以前から、しばらく前途の方向のつくまで神田の小川町《おがわまち》へ下宿していた。清は十何年居たうちが人手に渡《わた》るのを大いに残念がったが、自分のものでないから、仕様がなかった。あなたがもう少し年をとっていらっしゃれば、ここがご相続が出来ますものをとしきりに口説いていた。もう少し年をとって相続が出来るものなら、今でも相続が出来るはずだ。婆さんは何《なんに》も知らないから年さえ取
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