と団子二|皿《さら》七銭と書いてある。実際おれは二皿食って七銭|払《はら》った。どうも厄介《やっかい》な奴等だ。二時間目にもきっと何かあると思うと遊廓の団子旨い旨いと書いてある。あきれ返った奴等だ。団子がそれで済んだと思ったら今度は赤手拭《あかてぬぐい》と云うのが評判になった。何の事だと思ったら、つまらない来歴だ。おれはここへ来てから、毎日住田の温泉へ行く事に極《き》めている。ほかの所は何を見ても東京の足元にも及《およ》ばないが温泉だけは立派なものだ。せっかく来た者だから毎日はいってやろうという気で、晩飯前に運動かたがた出掛《でかけ》る。ところが行くときは必ず西洋手拭の大きな奴をぶら下げて行く。この手拭が湯に染《そま》った上へ、赤い縞《しま》が流れ出したのでちょっと見ると紅色《べにいろ》に見える。おれはこの手拭を行きも帰りも、汽車に乗ってもあるいても、常にぶら下げている。それで生徒がおれの事を赤手拭赤手拭と云うんだそうだ。どうも狭い土地に住んでるとうるさいものだ。まだある。温泉は三階の新築で上等は浴衣《ゆかた》をかして、流しをつけて八銭で済む。その上に女が天目《てんもく》へ茶を載《の》せて出す。おれはいつでも上等へはいった。すると四十円の月給で毎日上等へはいるのは贅沢《ぜいたく》だと云い出した。余計なお世話だ。まだある。湯壺《ゆつぼ》は花崗石《みかげいし》を畳《たた》み上げて、十五|畳敷《じょうじき》ぐらいの広さに仕切ってある。大抵《たいてい》は十三四人|漬《つか》ってるがたまには誰も居ない事がある。深さは立って乳の辺まであるから、運動のために、湯の中を泳ぐのはなかなか愉快《ゆかい》だ。おれは人の居ないのを見済《みすま》しては十五?フ湯壺を泳ぎ巡《まわ》って喜んでいた。ところがある日三階から威勢《いせい》よく下りて今日も泳げるかなとざくろ口を覗《のぞ》いてみると、大きな札へ黒々と湯の中で泳ぐべからずとかいて貼《は》りつけてある。湯の中で泳ぐものは、あまりあるまいから、この貼札《はりふだ》はおれのために特別に新調したのかも知れない。おれはそれから泳ぐのは断念した。泳ぐのは断念したが、学校へ出てみると、例の通り黒板に湯の中で泳ぐべからずと書いてあるには驚《おど》ろいた。何だか生徒全体がおれ一人を探偵《たんてい》しているように思われた。くさくさした。生徒が何を云ったって、やろうと思った事をやめるようなおれではないが、何でこんな狭苦しい鼻の先がつかえるような所へ来たのかと思うと情なくなった。それでうちへ帰ると相変らず骨董責である。

     四

 学校には宿直があって、職員が代る代るこれをつとめる。但《ただ》し狸《たぬき》と赤シャツは例外である。何でこの両人が当然の義務を免《まぬ》かれるのかと聞いてみたら、奏任待遇《そうにんたいぐう》だからと云う。面白くもない。月給はたくさんとる、時間は少ない、それで宿直を逃《の》がれるなんて不公平があるものか。勝手な規則をこしらえて、それが当《あた》り前《まえ》だというような顔をしている。よくまああんなにずうずうしく出来るものだ。これについては大分不平であるが、山嵐《やまあらし》の説によると、いくら一人《ひとり》で不平を並《なら》べたって通るものじゃないそうだ。一人だって二人《ふたり》だって正しい事なら通りそうなものだ。山嵐は might is right という英語を引いて説諭《せつゆ》を加えたが、何だか要領を得ないから、聞き返してみたら強者の権利と云う意味だそうだ。強者の権利ぐらいなら昔《むかし》から知っている。今さら山嵐から講釈をきかなくってもいい。強者の権利と宿直とは別問題だ。狸や赤シャツが強者だなんて、誰《だれ》が承知するものか。議論は議論としてこの宿直がいよいよおれの番に廻《まわ》って来た。一体|疳性《かんしょう》だから夜具蒲団《やぐふとん》などは自分のものへ楽に寝ないと寝たような心持ちがしない。小供の時から、友達のうちへ泊《とま》った事はほとんどないくらいだ。友達のうちでさえ厭《いや》なら学校の宿直はなおさら厭だ。厭だけれども、これが四十円のうちへ籠《こも》っているなら仕方がない。我慢《がまん》して勤めてやろう。
 教師も生徒も帰ってしまったあとで、一人ぽかんとしているのは随分《ずいぶん》間が抜《ぬ》けたものだ。宿直部屋は教場の裏手にある寄宿舎の西はずれの一室だ。ちょっとはいってみたが、西日をまともに受けて、苦しくって居たたまれない。田舎《いなか》だけあって秋がきても、気長に暑いもんだ。生徒の賄《まかない》を取りよせて晩飯を済ましたが、まずいには恐《おそ》れ入《い》った。よくあんなものを食って、あれだけに暴れられたもんだ。それで晩飯を急いで四時半に片付けてしまうんだから豪傑《ごうけ
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